論語や孫子のように、いまだ読み継がれている古典はたくさんあります。
人間の考え方や行動における原理原則が変わらないために、時代を問わず通じ、また役に立つからでしょう。
当コラムでも、洋の東西を問わず、様々な古典から中小企業の経営において通じる原理原則を学んでいきたいと思います。
今回は、孫子を取り上げます。
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孫子とは
書物としての孫子は、中国の春秋時代(紀元前500年ごろ)の孫武によって著されたものです。
武経七書と呼ばれる中国の古典の代表的な兵法書のひとつに挙げられ、その内容は現在も研究対象とされています。
なお、我が国では武田信玄が孫子を愛読し、孫子の一説から「疾如風徐如林侵掠如火不動如山」と旗指物に記したのは有名ですが、その他フランス皇帝ナポレオン、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世、マイクロソフトの創始者のビル・ゲイツも孫子の愛読者と言われています。
孫武について
著者とされる孫武(紀元前535年頃~没年不詳)は、斉の国に生まれました。
一族内で内紛があったため、逃れた呉の国で宰相である伍子胥と知り合います。
その後、孫子13篇を著したと言われています。
紀元前515年、闔閭が呉王として即位すると、伍子胥からの度々の推薦を受け、孫武は将軍に任じられます。
その際に、闔閭は孫武の力量を見るために、宮中の女性を指揮するように命じます。
そこで孫武は、軍を2手に分け、それぞれの指揮官役に王の寵姫を任命します。
しかし、孫武が命じても宮中の女性たちは言うことを聞かなかったため、兵士が言うことを聞かないのは指揮官の責任であるとして、指揮官役に任命した王の寵姫を2人とも切り殺してしまいます。
その後、命令を出すと女性たちは孫文の命令通りに行動したと言われています。
さて、闔閭に軍事の才を認められ将軍に任られた孫武は楚の国との戦いを始めとして、様々な戦いで活躍しました。
第一 計篇
まず冒頭に「兵は国の大事なり」とあります。
国家の重大事であるためよくよく熟慮し、その上で5つの重要事項について検討せよと述べています。
さらに戦争とは騙し合いであり、その上で勝つ条件が整っていたら勝ち、整っていなかったら負けてしまうと説いています
さて、孫子の言う5つの事項とは道、天、地、将、法のことで、それぞれ以下を指しています。
道…組織の意思統一
天…タイミング
地…地理的要因
将…将軍の能力
法…ルール
これらは経営でも当てはまります。
道
組織が力をフルに発揮するためには、経営者と従業員の方々が同じ目標に向かって意思統一が図られている必要があります。
経営理念が社内に周知され、ビジョンを共有するためには、当然ですが経営理念と理念に基づいたビジョンが必要となります。
理念がない企業は、まず理念の作成から。
ビジョンのない企業は、ビジョンとそれを達成するための経営計画を策定する必要があります。
天
事業は顧客(市場)があってのことです。
また、市場には大抵の場合、競合が存在します。
自社の都合だけで事業を行うことはできず、市場や競合の状況を把握し、タイミングを見極めることが求められます。
地
どのようなエリアで事業を展開するかで、顧客のニーズ、数やタイプ、競合が変わってきます。
また、同じ店舗でもビルの1階に出店するか、2階に出店するかによって客数に影響を受けます。
地域的な要因、場所的な要因、チャネル、これらが自社に有利であるかどうかの判断は事業の展開に大きな影響を与えます。
将
孫子は、「将は智・信・仁・勇・厳なり」と言っています。
それぞれ人によって解釈にt賞の違いはあるかもしれませんが、将たる人物の能力や人間性と言ったことが重要であるという解釈は間違っていないでしょう。
組織が大きくなるほど効率を鑑みて管理職を設置します。
経営者層から現場のリーダーまで、マネジメントを行う担当者には、それだけの能力と人間性といったことが求められます。
法
ルールが整備されていることで組織の運営をスムーズにする効果があり、行動の規範にもなりえます。
なんとなくでやっている、人によってやっていることが異なるというのは、質の向上につながりません。
社内のルールや決まり事は多ければ良いと言う訳ではありませんが、内部の統制を図り、より高い付加価値を提供するために必要なルールは定めておく必要があります。
第二 作戦篇
孫子はこの章で全体に渡って戦争はコストがかかり、国が疲弊するために長びかせるのは良くないと説いています。
戦争が拙くても素早くことを勧めて成功したことはあっても、巧みに運んで長引いたという例はなく、また戦争が長引くことで国家に利益があったためしがないと言い切っています。
事業を行うに当たり、何をするにもコストが発生します。
コストを回収するには売上を上げる他ないのですが、コストを投入したからといって結果が出るまでと、ダラダラと撤退できずにいると、コストを取り戻すどころか、損害が広がる一方だというのは実際の経営でもよくあることです。
どこまでサンクコストと割り切れるか、見極めが重要だと言えるでしょう。
第三 謀攻篇
孫子は自軍が傷つかないで勝つことが上策で、傷つきながら勝つことはより価値が低いとし、百回戦って勝つことが最善ではなく、戦わずに勝つことが最善であるとしています。
自軍のダメージが大きくなるような戦い方は避け、可能な限り謀略をもって敵を攻めろと、徹底して説いています。
国家の補佐役である将軍と君主との間に溝がある国は弱いとして上で、君主が軍事について配慮すべきことが3つと、勝利のための5つの要点があるとしています。
戦わずに勝つ
経営において最も重視すべき点だと考えられます。
基本的に、同一市場内における競合の数と売上高は反比例するため、競合は少なければ少ないほど良いからです。
市場に自社しか存在しなければ、買い手の選択肢は「自社から購入する」「購入しない」の2つしかありません。
競合が1社存在する場合の買い手の選択肢は「自社から購入する」「競合から購入する」「購入しない」の3つに増え、競合がさらに増えると、それに合わせて買い手の選択肢も増えることになります。
つまり、自社が買い手に選択される可能性が減るということです。
また、市場に競合がいると、顧客の取り合いになるというだけでなく、その他の望まないことを強いられる可能性があります。
例えば、競合が価格を下げてきたということと、宣伝広告を強化してきたということを想像してみてください。
競合が同じ価格帯の同じグレードの商品の価格を下げてきた場合、どうしますか?
価格を維持していると顧客を取らるため、競合と同じように価格を下げる、あるいは競合よりもさらに下げるでしょうか?
本来販売できる価格よりも低い価格で販売することになってしまい、売上が純減します。
顧客が宣伝広告を強化してきた場合はどうでしょうか?
対抗して宣伝広告を強化しないと顧客を取られるため、競合と同じように宣伝広告を強化するでしょうか?あるいは競合よりも宣伝広告を強化するでしょうか?
本来不要だった宣伝広告費というコストが増えることによって、利益(率)が低下してしまいます。
可能な限り競争を避けなければ、顧客のニーズの変化以外の理由で収益が低下する危険性が付きまといます。
配慮すべきこと3つ
孫子は、以下の3つの配慮すべき事項を挙げています。
- 軍の置かれた状況や局面を把握していないのに、軍に対して進退の命令をすれば、兵士は戸惑う。
- 軍の内情を把握していないのに、将軍と同じように統治しようとすると、兵士は戸惑う。
- 軍における臨機応変の対応に通じていないのに、現場で指揮を取ろうとすると、兵士は戸惑う。
企業の規模によっては経営者も現場の仕事をしなくてはいけない場合がありますが、ある程度の規模の組織になったら、現場のことは現場の管理者に権限委譲してしまって、口を出さないようにする方が良いと言えるでしょう。
勝利のための5つの要点
孫子は、以下の5つを勝つための要素としています。
- 戦うべき時と戦うべきではない時をわきまえていること。
- 大部隊と小部隊それぞれの運用方法の違いをわきまえていること。
- 上下の意思疎通ができていること。
- 事前の準備ができていること。
- 将軍が有能であって、君主が余計な口出しをしないこと。
その上で、敵情も味方のことも把握してれば100回戦っても勝ち、敵情をわきまえず味方のことを把握しているだけなら勝ち負けは五分、敵味方両方のことを把握していない状態で戦っては負けると説いています。
特に変わったことはなく、当たり前といえば当たり前のことなのですが、物事の勝利や成功を収めるためには不確定要素を可能な限り減らして、徹底すべきことを徹底するといえるのではないでしょうか。