群盲象を評す

群盲像を評すとは、何人かの盲人が象の一部分だけ触って、それぞれ異なる感想を言うというインド発祥の寓話です。
物事の一部だけをもって全体を理解した気になってしまうことの例えとして使われることがあります。

これは企業内でも度々発生していることです。

ジャイナ教の伝承

仏教、イスラム教、ジャイナ教など、様々な形で伝わっているよう。
その中で、ジャイナ教の伝承では以下のようになっています。

6人の盲人がいました。 王様がそれぞれに像を触らせて、感想を聞きました。

象の脚を触った者は「柱のようです」と答えました。
尻尾を触った者は「鋼のようです」と答えました。
鼻を触った者は「木の枝のようです」と答えました。
耳を触った者は「扇のようです」と答えました。
腹を触った者は「壁のようです」と答えました。
牙を触った者は「パイプのようです」と答えました。

それに対して王様は「あなた方は皆正しい。それぞれ象の異なる部分を触っているから話が食い違っている」と答えたということです。

それぞれの立場と視点

会社という組織において、経営層、管理職、実務従事者まで、それぞれの立場で自分のすべき仕事に従事しています。 そして、立場が変われば視座も変わります。

6人の盲人が自分が触った象の部位以外のことを想定できなかったように、立場が異なるとインプットされる情報が異なります。
入り口からすでに違う訳ですから、得た情報をどのように考え、判断するのかなどがそれぞれ異なります。
その結果、組織として望ましい行動にならないといったことが生じます。

事例(家庭用ゲームのメーカー)

立場が異なることでそれぞれが違う方向を向いている例として、家庭用ゲームのメーカーで例えて説明いたします。

家庭用ゲーム機のスペックはだんだん進化していますが、それに応じて開発期間も長期化しています。
家庭用ゲーム(以下、ゲーム)は、開発期間を経てリリースされて初めて現金収入が発生します。

開発中も従業員に給料は支払わないといけませんし、外注費や家賃、光熱費といった経費は発生し続けます。
リリースされないと現金収入がない訳ですから、開発期間が長くなれば長くなるほどキャッシュフローが悪くなります。

キャッシュフロー悪化のリスクを負うのは経営者層ですが、そういったことは従業員は全く分かりません。
給料日に給料が振り込まれているのは当然だと考えていますし、社会保険の半額分、家賃や光熱費といった費用がいくらになるかといったことは考えたこともないでしょう。
それは立場と役割が異なるから当然の話です。

そういったこともあり、制作側は時間をかけて面白いゲームを作りたい、それが買い手にとっても会社にとっても良い事であると考えていても、経営側は時間をかけた大作よりも、コンスタントにリリースしてもらう方が良いといったように、それぞれ立場によって認識が異なります。

認識の共有

立場によって認識が異なるのは当然であり、仕方がありません。
ですが、多少なりとも共有することは可能です。

会社としてありたい姿を設定したビジョン、ビジョンに至るまでの計画や方針といったことを策定すれば、社内で共有することができるようになります。

策定しなければ経営者様と従業員の方々との共有はできませんし、経営者様の頭の中にあるだけでも共有はできません。

まさに、それぞれが立場ごとに自分の見える範囲で考え、判断し、行動する、群盲象を評す状態です。

最後に

人間が2人いたら、それぞれ全く一致した考えではありません。
ましてや、組織が大きくなるにつれて、様々な視座や視野、考えを持つ人が増えていきます。 これは、それぞれの立場が違う異常解決はできないでしょう。

組織として結束して、同じ方向に向かうためには、ビジョンや経営計画・事業計画による認識の共有と日常的なコミュニケーションが必要です。

以上、参考になれば幸いです。

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